能美の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

石川県能美市歴史探訪
能美市の概要
能美市は石川県の南部、加賀平野のほぼ中央に位置し、小松市が隣接しています。市域の北側は梯川と手取川に挟まれた扇状地と、日本海に面した美しい海岸線があり、南側は能美丘陵など、自然に恵まれた非常に豊かな地勢となっています。夏は暑く、冬は雪が多く、北西から季節風の影響を受ける日本海側特有の気候となっています。また、能美市は全国的に有名な伝統工芸である九谷焼の産地であり、陶磁器の製造・卸売業が盛んです。先端産業などの県内産業の中心的な機能を担うとともに、豊かな自然環境や九谷焼・温泉街など、多様な歴史・文化を有しており、これらを活かしたまちづくりを展開しています。

能美のあゆみ
能美地域一帯は、古来より人々が生活する上で環境の整った適地であったといわれており、現在は県内でも有数の遺跡の宝庫といわれるように、原始から近世に至る遺跡が密集しています。特に国の史跡である和田山・末寺山古墳群と秋常山古墳群はそのシンボルであり、その主人公である加賀一円を統治した大豪族たちは、開拓が容易で肥沃な地である能美の地にその政治拠点を置いていました。さらに、東に白山、西に日本海、北に手取川を一望できる能美丘陵を彼ら自らの墓域に選び、後の加賀国、能美郡の政治経済基盤を築きあげました。

平安時代初期頃の能美は、越前国江沼郡に所属していましたが、弘仁14年(823年)に越前国から加賀国が分国して、加賀国能美郡という新しい行政単位ができました。当時の加賀国は、現在の北は津幡町から南は加賀市までを含む地域です。北から加賀郡・石川郡・能美郡・江沼郡の4郡、さらに能美郡には郡の下位の行政単位である郷として、能美(野身)郷・軽海(加美)郷・山上(也万加美)郷・山下(也万之多)郷・兎橋郷の5郷が置かれていました。そして、国の役所である国衙(こくが)がこの能美郡の野身郷に置かれ、この時に名づけられた「能美郡」という行政区画名が現在まで継承されています。

明治22年(1889年)の町村施行により、13ヶ村が誕生しました。
その後も大正〜昭和と合併を繰り返し、平成17年(2005年)に根上町・寺井町・辰口町の3町が、合併して能美市が発足しました。能美市は、プロ野球選手の松井秀喜さんの出身地であり、スポーツ振興にも力を入れています。現在では温泉や九谷焼を目的に、多くの観光客が訪れています。

能美の名前の由来
「能美」の名が歴史上初めて現れるのは、今から約1200年前の平安時代前期頃です。能美には、「物事を成し得るすばらしい力と美しい自然環境のある地」=「新しい加賀国の政治経済の中心地としてふさわしい地」といった意味があり、当時の人々が新しい国づくりに対する意欲や誇りを表現するために、旧来の「野身」から、白山や日本海、緑多き平野を眺望しての「美しき能国(よきくに)」の「能美」に改称したとされています。


能美の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
能美市立歴史民俗資料館
住所: 〒923-1121
石川県能美市寺井町を20 [地図を見る]
電話番号: 0761-58-6103
開館時間: 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日: 毎週月曜日、年末年始
入館料: 無料







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